ビル事業計画の手引き
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収支計画立案のポイント


基本項目の設定ができれば、PM−NETが提供する事業収支計算プログラムPM-Fなどにより簡単に、収支計算の結果は得られます。しかし、その内容や、結果に影響を及ぼす項目の関連性を理解しておくことは、事業収支計画立案に際し大切なことです。また、設定数値の精度が全体的にバランスしていなければ、ある部分詳細に設定しても、収支結果で得られる精度は、甘い部分の精度に影響されます。ここでは、それらの関連性をまとめ、ビル事業計画初期段階において、その事業成立性を探るポイントを述べることにします。


(1)基本項目の概算値

ビル事業収支計画の基本項目と一般的な概算設定値をまとめると、次のようになります。


項目 概算設定値
初期投資
土地費取得費 敷地面積×土地単価
土地取得登録税 土地費取得費×70%(評価率)×4.0%(税率)
解体整地費 既存建物延べ床面積×工事単価
建築工事費 計画延べ床面積×工事単価
設計料 建築工事費×3〜8%(設計用途、工事金額による)
建物取得登録税 建築工事費×70%(評価率)×4.4%(税率)
抵当権設定料 借入金×0.4%(税率)
期中金利 工期×建設工事費×金利×1/2(支払条件による)
開業費 建築工事費×0.5〜2.2%(事業方式による)
資金調達
自己資金 事業収支状況に応じて配当
敷金 金利をつけずに契約解消時に返済
保証金 金利、返済期間などの条件をつけて返済
銀行借入金 金利は長期プライムレート+1〜2%
営業収入
家賃収入 周辺相場による
更新費 契約更新時に家賃の1〜2か月分
礼金 契約時に家賃の1〜2か月分
共益費 維持管理費、水道光熱費と実費精算
駐車場収入 周辺相場による
営業支出
運営費 家賃収入×2〜4%(事業方式による)
維持管理費 共益費と実費清算
水道光熱費 共益費と実費清算
修繕費 建築工事費×0.7〜0.9%(建築用途、グレード等による)
火災保険料 建築工事費×0.1%
借地料 借地の場合のみ(更地価格×2〜3%)
土地公租公課 更地価格×70%(評価率)×1.7%(税率)
建物公租公課 建築工事費×70%(評価率)×1.7%(税率)

この中で、初期投資のうち、土地取得費関連を除くと、建築工事費との関連で設定数値が変動する項目が多く、その合計を概算すると建築工事費の約15%と見ることができます。
また、営業支出も同様に見ることができ、その合計概算値は、建築工事費の4%程度となります。


(2)収支計算に影響の大きい項目

一般に事業計画における基本的3要素は、ヒト、モノ、カネといいますが、ビル事業計画における3要素は、ヒトにあたるテナントからの家賃収入、モノとしての土地を含む建物、そして、カネということができます。これを設定項目でいうと、土地取得費、建築工事費、家賃収入および、資金調達の金利の4項目が、収支計画に影響をことが大きい項目といえます。

@土地取得費

土地は価格の変動はあるものの、使用することにより価値が下がらない資産です。(減価償却しない資産。)したがって、仮に賃貸ビル経営の途中で、土地、建物ごと分譲しようとすれば、土地は、その時の時価で評価し、売却が可能です。開業後の土地価格の変動は、土地の有する立地特性によりまちまちで、景気動向など様々な要因で推移していきますので、収支計画の見通しとしては、一元的に予測は不可能です。
土地価格の変動がないとして、その取得資金を自己資金(金利のかからない資金)で賄うのであれば、収支計画上は、無視してもよいことになります。また、金利のかかる資金により土地を取得し、事業収支計画をもくろむ場合は、借入残額の合計が、土地の取得費をしたまわった時点、(土地取得資金の金利を負担しながら、その他投資資金の回収を完了した時点)で投下資本を回収したと評価してよいでしょう。なぜなら、土地価格の変動がないとすれば、事業者は、借入金を上回る土地資産を有していることになるからです。
このように、ビル事業収支において、土地取得費の扱いは、様々な場合があることを理解しておくことが必要です。

A建設工事費

計画地の立地条件に対し、最適な用途計画、客層に合わせたグレード設定などは、ビル事業計画の本質的な部分です。収支計画では、事業の成立性から見て、建築工事費にかけられる予算を把握する事が目的であり、いかに収益性を高めながら、建築の価値を保っていくか、が検討のポイントになります。
その中で、収支計画上、特に重要なのが建築計画におけるレンタブル比です。レンタブル比とは、ビル全体の面積に対して、収入を生む面積、つまり貸室面積が、どのくらい取れているかという比率です。面積当たりの賃料単価が同じであれば、レンタブル比が高いほど、全体収入は上がります。しかし、あまり効率を重視しすぎると、入り口周りのロビー空間や、エレベーターホールなどが貧弱になり、ビル全体のグレード感に影響を及ぼします。極力無駄な部分を無くし、効果的な空間を創造する建築計画のデザイン力にかかって来ることになります。このレンタブル比は、建物の用途、全体規模、敷地形状、設定グレードなどにより異なりますが、一般的な事務所ビルで、80%程度が目標値となるでしょう。

B家賃収入

ここでいう家賃収入とは、事業全体に対する収入として捉えます。当然、全体収入の最大化を目指すわけですが、安易に入居条件を高めに設定する事は、危険です。業界の景気動向を把握し、周辺相場を充分調査の上、設定する事が必要です。
その中で、月次賃料と、入居の際に受領する一時金とのバランスを考慮しなければなりません。一時金には、契約解消時に返済する敷金と、一定の条件により契約継続中でも返済をする、保証金に別れます。特に、商業施設などは、保証金の額が大きいので、周辺相場などと比較をする場合、一時金の金利相当分を、月次賃料に加える、実質賃料で検討する方が、正確に比較できます。
実質賃料の算定は、例えば、大型商業施設で、入居一時金(保証金、及び敷金)50万円、月次賃料5千円の場合、金利を3%と設定すると
5千円+50万円*3%/12月=6千250円となります。
これらの一時金と家賃の設定は、入居企業の支払能力(業界、地域により慣習の様なものはあります。)、事業主体者の資金調達能力等を考慮して、決めていくことになります。

C調達金利

事業に必要な資金を、いかに調達するかは、ビル事業に限らず、事業経営にとってもっとも重要な事柄です。ビル事業に特殊な調達資金とすれば、先に述べたような、敷金、保証金がありますが、一部の事業方式以外は、これらだけで、初期投資の全額をまかなうことは不可能で、事業主自らの資金調達が必要となります。金利のかからない自己資金であれば、もっとも安全な調達資金ですが、銀行からの借入となれば、少しでも金利の低い先を探すことが、事業性を高める上で重要なこととなります。
金利は常に変動していますが、長期固定金利の場合、政府系の銀行で長期プライムレート並み、民間銀行で、長プラプラス2%程度が目安となります。


(3)事業性チェック指標

以上のような事業性影響要因を用い、事業性を示す指標には、様々なものがあります。ここでは、ビル事業の投資インデックスとして、一般的に用いられている以下の指標に対して数値を用いて解説します。

1)還元利回り(Cap rate)

還元利回りは、初期投資額に対する営業利益率(Income gain)と売却時に発生する資産利益率(Capital gain)の合計で計算します。但し、資産利益率は、土地取得費で述べたように、不確実性が大きく、実際の投資対象としては大きな要素ですが、当初より値上がり予測の設定は危険ですし、ビル賃貸事業の収支計画の本質とは異なります。ここでは、変動しないものとして、営業利益率のみを対象とします。したがって、
還元利回り=(営業収入―営業支出)/初期投資額
で計算できます。ここで、初期投資額のうちもっとも影響度が大きい建築工事費と、家賃収入の関係を見ると、上記(1)から
@ 初期投資額 建築工事費(A)×115%
A 営業収入 テナント専用面積当たりの年間家賃(B)×レンタブル費
B 営業支出 建築工事費(A)×4%
レンタブル費を80%、還元利回りを8%とすると、
(B×80%―A×4%)/(A×115%)=8%となります。
これより、建築費を坪当たり500千円と設定すると、年間坪当たり家賃は、82.5千円、月坪賃料は6千875円となります。
そして、還元利回りの目標値は、平均調達金利との関係によります。還元利回りから、初期投資全体に対して調達する資金の平均値の差額が、実際の投資に対する利回りになります。つまり、上記の例で、資金調達が平均3%の金利とすると、投資に対する利回りは、5%となり、これが、事業に対するリスクと勘案して、投資対象となるか否かの判断となります。資金調達の内容と、収益の関係をチェックする指標が次のDCRです。

2)DCR(Debt Coverage Ratio 借入金償還余裕率)

年間の純収入と借入金の返済額の割合を見る指標で、
DCR=(営業収入―営業支出)/借入金返済額
で計算でき、1.2以上であることが望まれます。
借入金割合を初期投資額の70%(自己資金等が30%)、償還年数20年(年間償還割合5%)、借入金利を4%として、初年度の借入金返済額を元金均等として、上記の例で計算すると、
(B×80%―A×4%)/(A×115%×70%×(5%+4%))>1.2
ここで、A:500千円、B:82.5千円とすると、1.27となり、余裕のある借入金割合となりますが、借入金割合を80%とすると1.1となり、詳細検討が必要となります。
また、同様の指標としては、
BER(Break−Even Ratio 損益分岐比率)=(経常支出+借入金返済額)/経常収入
LTV(Loan To Value ratio 借入金割合)=借入額/総投資額
などがあります。

 



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